丹沢遭難事故から登山者へ守っていただきたいこと


2015年3月平日、13時頃単独で塔ノ岳山頂写真をご家族に写メで送付したあと消息を絶った登山者が
先週金曜、新茅ノ沢上流部で残念ながらご遺体で発見されました。
私たち遭対協救助隊はじめ警察山岳救助隊は想定される道迷いや滑落ポイントを分担しながら捜索しま
したがなかなか見つけることはできませんでした。
また平日のため入山者も少なく、目撃情報も得られませんでした。

要救者は大倉に車を停めていましたが、登山届は提出されていませんでした。
従って捜索範囲が広がり救助隊も人数が分散されてしまいました。
登山届または登山計画書が出されていれば、と悔やまれてなりません。
今回の遭難事故を個人的に想定したことを列挙します。

発見場所から考えられることとして
1.塔ノ岳から表尾根経由で烏尾山から始まる仲尾根を下り、標高950m辺りで新茅ノ沢支流側が少し切れた痩せコルから滑落した。
  もし本流まで落ちればちょうど新茅ノ沢F10の下辺りになります。
2.烏尾山から仲尾根の下降点を間違え、新茅ノ沢標高900mの奥の二俣に落ち込む中間尾根を下ってしまい、
  沢を少し下ったところで力尽きたか、夜間動いて滝を滑落したか。中間尾根末端は急であり、末端からF10の間には
  上流から6m堰堤、4m滝と6m滝(いずれも登ればⅡ級+)があります。
  また烏尾山の広場からだと仲尾根自体は判然とせず、北側に階段を少し下りた「表尾根NO.20」のところから下降する
  ことになりますが、山頂広場の西側に森になった明瞭な尾根が派生し、これを仲尾根と間違って下ってしまうパーティ
  がいたことを何回か聞いています。
  試しにその尾根をしばらく下りると、右手にあるはずのない明瞭な尾根(仲尾根)が見えてくるのでおかしいと思うはず。
3.植林帯である烏尾尾根を下降したが、標高950m辺りから登山道は尾根から少し東へ巻くように外れるのをそのまま
  下降してしまい、新茅ノ沢側に下りてしまった。
  植林尾根は周知のとおり、植林作業用の踏み跡程度の径路やランドマーク的な主にピンクテープが至る所に巻かれており、
  それらを信じてしまった。

亡くなられた方が沢やクライミング、雪山などをやらない方だということなので現実的に考えられるのは「3」かなと思います。

今回の遭難事故で今考えられる注意喚起したいことは
★「登山計画書は必ず提出する」こと。
計画段階で考えられるルートもどこかしらの欄に記載しておき、予定外のルートになるときは可能な限りスマホや携帯で、
所属会や家族に知らせておく。
電話は圏外でも案外メール送受信は可能であることも多い。
★植林帯の登山道は、作業用径路やテープが錯綜して、その判断は案外難しい。
山の中のテープや道は登山者のためにあるだけではない。
暗くなってからは尚更だし、森林の中は外よりも日没が1時間は早くなるくらいである。

丹沢に限らずすべての山に登られる方へお願いというか、必ず実施していただきたいことを改めて。
登山計画書または最低でも入山口等に備え付けられている登山届は出してください。
登山届ポストがなければ各山域所轄警察にメール、FAXでも構わないと思います。
各都道府県警察署のHPでも提出先や提出方法は出ています。

時々「行くルートはその場で決めるから」 とか 「行けるところまでとりあえず行ってきます」などと言われる方が
いらっしゃいます。
この時点で遭難の第一歩が始まっています。

計画書を書くとき、下調べしたり自分の力を客観的に判断し、行動予定を練り込み、もしも途中でトラブルがあったら、
何時までに何処にどう行動して安全圏に逃げるかもしっかり書き込んで、現地ではその通りに行動するのが一般登山者
のセオリーです。

現地で挨拶をした他の登山者が「大丈夫ですよ、折角だから○○まで足を伸ばしてみたら」などという奸計に惑わされずに、
それは次回に回しましょう。
もしどうしても計画以外のルートを現地判断するならば、上述したとおり行動変更を所属山岳会とかご家族とかにメール等
で連絡するよう努めてください。

「行けるところまで行ってみる」・・・これも非常に危ない。
この線より先に進めばヤバいというデッドラインが存在します。
それは場所であったり、時間であったり、自然条件であったり、ご自分たちの問題であったりさまざまです。
計画もしっかり練り込んでいない証拠ですね。

それから捜索の場合、目撃者情報が非常に重要です。
登山届の欄外でも構わないので、ご自分のウエアやレインウエア、ザックの色など記載し、普段登っていられるときの
顔写真をご家族などに渡しておきましょう。
以前何回か他の山域の救助活動のときにやったことがありますが、下山してきた登山者に対し、ご家族から送られてきた
その写真を提示して目撃者情報を得るようにしました。

また人海戦術となる「捜索」は警察や機動隊ばかりではなく、私たちのような民間救助隊も要救者ご家族承諾のもと
出動しなくては人手が足りません。
そうなると当然費用がかかってしまいます。
その山域や季節にもよりますが費用は隊員一人当たり日当で数万円です。
大掛かりな捜索で50人出たら一日で数百万円です。
そのような万が一の時のため捜索救助費用給付のついた山岳保険加入が必要です。
私も日本勤労者山岳連盟会員なので、年間1万円で、捜索救助400万円、死亡及び後遺障害給付、入院8千円、
通院4千円/各一日につき、その他海外やインドアクライミング事故給付付きの会員共済に加入しています。
よく「山は自己責任」という言葉を耳にしますが、自己責任だからもし遭難しても放置してくれなんてできません。
登山届未提出でなおかつ山岳保険未加入では家族に精神的経済的苦痛を与えるばかりか、救助する側も危険箇所に
入る訳ですから大変になるはずです。
それらを万が一のために事前に準備することが自己責任の第一歩になると思います。

ちょっと偉そうに書いてしまいましたが、救助側として登山インストラクターとしてのアドバイスとしてご容赦ください。
遭難された方、取り残されてしまったご遺族の方々に心より哀悼の意を表するとともに再びこのような悲しいことが
起きませんよう教訓としたいと思います。

丹沢は近郊で気軽に入れて甘くみられがちですが毎年十数件の救助要請が出ています(秦野所轄だけで)。
少し事例をあげてみます。

(1)家に「尊仏山荘に泊まってくる」とメモだけを残し行方不明になった単独男性。
どのルートから入山したかが不明で、今までの山歴、公共交通機関利用や年齢を考え大倉尾根か表尾根と想定。
渋沢と秦野駅の防犯カメラをご家族に見てもらったところ、それらしい方の姿を秦野駅から見つけたので、表尾根に捜索集中。
時間が早いためまだヤビツ峠行きは運行されておらず、蓑毛行きバス運転手から目撃情報を得る。
また蓑毛バス停周辺を散歩されていた地元の方からも目撃情報を得たため柏木林道から機動隊50名を加え大規模な捜索。
捜索中に表尾根登山口に近い護摩屋敷の水場で、当時道路拡張工事をしていた警備員さんから水場で見たという情報が
入ったので、菩提峠よりも上部に捜索変更。
その後も表尾根上で休憩中に話をされたという目撃情報も入るが結局発見には至っておりません。

(2)奥様に「丹沢へ行ってくる」とだけ伝えた単独男性が夜になっても帰宅せず携帯も入らないので捜索願いが出される。
丹沢のどこに行ったのか計画書も出ていないので、取り巻くすべての警察署(松田、秦野、伊勢原、厚木、津久井)が総出で捜索。
要救者の山歴から判断しておそらく秦野所轄であろうとは推測はしていた。
私には市からは追加捜索のため待機依頼が早朝来たので仕事を休んで待機。
翌朝、要救者男性から奥様に「これから帰る」という旨連絡あり。
仰天した奥様が「どこにいるの?」と尋ねたところ、尊仏山荘に泊まっていたとのこと。
秦野警察救助隊員が山荘に駆けつけ要救者男性に厳重注意をしました。
なぜこういう事態になったかというと、要救者本人は始めから尊仏山荘に1泊2日予定であったが、
奥様は日帰りだと思い込んでいた。
ご家族同士でのコミュニケーション不足のため多くの方々に迷惑をかけてしまいました。

このように登山届や登山計画書が出ていれば・・・という事例は他にも多数あります。

またご家族のいない単身の方の問題もありますね。
山岳会に入っていれば大抵は入山連絡と下山連絡がルールで決められており、予定時刻を過ぎても下山連絡が入らなければ、
会が動き出すのですが、そうでなければ同僚の方に事前に話して何時までに下山連絡が入らなければよろしくと依頼しておく
とか、今は私の加盟している山岳連盟の「ヤマトモ」やヤマレコでも扱う「チーム安全登山」が代行して下山連絡を受ける
という保険も出てきています。
手前味噌ですが、ヤマトモのスタッフは交替で24時間管理で今日の下山連絡はすべて済んでいるかチェックしています。
山岳保険加入は車で言うなら任意保険加入と同じだと思います。

あとは迷われたりするところはやはり「悪場」です。
急なガレ場やザレ場、沢、岩場などをどう落ちずにやれるかという「技術力」と「装備」が必要です。
こればかりは自分一人でやるには限界があり、然るべき経験者、会の先輩、ガイドなどからステップバイステップで指導を
受けなければなりません。
(といっても間違った技術や古い技術、装備など教えているちょっとそりゃまずいでしょ、と思われる指導者もいるので
注意が必要ですが)

ご高齢になると誰でも体力面や技術面は落ちてきます。
しかし山は「絶対的」であり年齢、体力、技術など関係なく、ある意味すべての人に対して「公平」です。
記録を見ていて「難しいところはなかった」と記載してあっても、それはその人にとって、またその日の
コンディションに限って、であり、自分と相対的には違っているはずです。
他人の記録を鵜呑みにせず、悪い事態を想定して準備する必要があります。
一朝一夕には体得できませんが、まずは「憧れ」や「目標」を具体的に持って取り組むことでしょうね。

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その山行の大半は計画で決まると思います。
そしてリーダーによっても決まりますね。
リーダーのメンバーに対する安全配慮(自身も含めて)。
初心者メンバーであってもわからないからと言ってリーダーにおんぶに抱っこではいけませんね。
自分でも何かできることがあるはずなので、その役を買って出ることによりその山行に参画できる、
すなわち主体性が生まれ初めてパーティとして成り立つわけです。
天気予報係、会計係、計画書の所轄警察への提出係、有事の際の救急病院調べとか、初心者であっても
できることはたくさんあります。

最近の遭難を見ると、メンバーがバラバラに行動して「先に降りているよ~」なんて言って結局あとの人が
降りてこないで救助要請を出すとか。
申し訳ないですが、これは登山の基本的考え方ができていない、または教育を受けていない(ので知らない)
初心者です。
どんなに体力があろうと、技術面が優れていようと初心者ですね。

単独行も圧倒的に多いですが、どんな山であれ単独行は体力面、技術面に加え、有事の際のセルフレスキュー能力や
装備が備わってこそできるものと考えます。
そこまでまだできない方は、経験者のもとチームパーティ登山を行い徐々に力を付けてから臨むべきでしょう。
他人のことは言えませんが、私も個人山行としての沢に関しては単独行が多いです。
そのためにスポーツクライミングのグレードも上げたり、セルフレスキュー(もちろんチームレスキューも)の
ノウハウを実践してきたつもりです。
過去幾つかの失敗や痛い目を経験して、なぜそうなったかを検証し再発防止対策を自分なりに積み上げました。
事前に地形図からリスクポイントを把握し、エスケープルートを読み取って計画書の中にはそれらを書き出します。
(これがアプリやGPSではできないソフト面です)
現場では常に現在位置を確認しつつも、今トラブルが生じたら逃げ道はどちらがよいかを確認しながら登っています。
逃げ道といっても登山道があるわけではなく、コンタの緩い最短で安全圏に逃げられる尾根(時には沢下降も)です。
そこに必要なのは悪場を乗り切る技術力。
それはクライミング力であったり、雪山で磨いたキックステップ力であったり、超細かい読図力であったりします。

話しが外れちゃいましたが、単独行はやはり事故率が高い。
事故に遭ったら目撃者は皆無か、運がよければいるかもしれないです程度です。
従って絶対事故を免れる上述した力を向上させていくことが重要と思います。

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お亡くなりになった方やご遺族にはたいへん申し訳ないですけれども今回の事故を紹介したことで
計画書の重要性を少しでも感じ取られた方がいらっしゃれば幸いです。
また技術面向上の重要性も併せて感知してもらえれば尚更です。

大倉で以前、警察のOB会の方々に混じってバスから降りてくる登山者に「登山届を出してくださーい」と
やったことがありました。
その際、雨着を持たない人、ヘッドライトを持たない人が半分以上いました。
「天気予報で雨が降らないから」とか
「日帰りだからライト要らないでしょ」とか・・・
予定通りだったら確かに不要かもしれませんが、雨着はビバーク等の防寒着に、ライトだって何かあって
日没が迫ったり、前述のように植林やあ森林帯の中では下界より1時間早く暗くなりますし、日没後になるかもしれない。
そういう不測の事態に備えるための装備なのに・・・。
ツエルト(簡易テント)だって1枚あれば外からの寒さや風を夜通し防いで何とか一晩はもつものです。
私も昔、谷川のマイナー沢登ったとき悪戦苦闘強いられ、日帰り予定どころか、夜間悪い奥壁をライトひとつで
登って、ようやく尾根に上がり藪の中でビバークしました。
このとき風も強く濡れた身体は芯から冷えていましたが、ツエルト被り、不意の事態に備えるためいつも
忍ばせている小型ストーブを炊くだけで天国でした。
ツエルトと携帯ストーブがなければと思うとゾッとします。
これらとファーストエイドキット(応急ギブスやテーピングテープ、滅菌ガーゼ等応急用具)は
どんなハイキングでも必携装備です。

あと地図を持たない人も結構いたのには驚き。
市で配布した観光地図しか持たない人もいましたし、もっとびっくりしたのが「どちらのルートで登られる
のですか?」というこちらの問いに、「えーーーなんて言う山の名前だっけぇ」。
「塔ノ岳ですか?」
「あ、たしかそんな名前だったような」
それに近い人たちも複数いました。
あ~これが現状なんだ、と驚きと溜息でした。

私が山を始めた10代後半の頃、大倉尾根の堀山から先は、何か未知の世界で、ものすごい畏敬の念さえ
持っていました。
(今では夜でも散歩気分で登下降していますが、それでもあの当時の想いは忘れません)

登山はものすごいエネルギーを消費するれっきとしたスポーツですね。
消費カロリーは 体重 × 係数(ハイキング程度の装備で「6」、重荷で「9」くらい)× 行動時間(h)。
体重60kgの人が日帰り装備で8時間行動すれば2880kcal。
それだけ吸収しなくてはいけないですね。
ランチタイム一気じゃなくて、休憩ごとにこまめに。

また一歩下るごとに体重の数倍の負荷が前に出した足に膝にかかる。
下腿三頭筋、大腿四頭筋、膝周りの細かい筋強化に加え、一番大事なのは体幹力をつけること。
殿筋、腹筋、背筋強化が必要です。
これらの強化のためによくスポーツジムに週2~3は通いました。
ご高齢の方でも継続的にトレーニングすれば随分違ってきます。

素晴らしい景色を十二分に楽しみたいのなら、登山は観光ではなくスポーツである、という意識をして
取り組んでいただきたいです。

大倉から塔ノ岳まで往復で10kmくらいあるでしょうか。
1mで2歩くらいの歩幅なら20000歩。
そのうちの1歩でも失敗したら、石段踏み外して捻挫や骨折、木の根につまづいて転落です。
だから一歩一歩を丁寧にして、その継続力を保つには身体力強化なわけです。
お金もかかりますし、努力もしなくてはなりません。
しかしそれらを乗り越えてなお登山の素晴らしさはあるのです。

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