登山計画書の意義と行動判断                kamog


どのような山行をするにも、家族や所属会、管轄警察署に登山計画書を提出する
ことは、登山者が登山行為を行ううえで果たすべき「
自己責任」です。
ハイキング、縦走、雪山、沢登り、トレランetc・・・それはすべてに該当します。

登山計画書の作成と提出は、主に3つの意義があります。

1.
安全点検チェックシート
2.
行動判断意志統一
3.
安全点検をしたにも関わらず万が一遭難してしまった場合の手掛かり

リーダー等の起案した登山計画書の内容を、
メンバー全員で共有、確認し合います。

具体的には

 ・交通手段は電車やバス、タクシー?または自家用車?
  自家用車なら車のナンバーや置く場所を記載してあるか。
  (捜索時には第一のキーポイントになります

 ・予定コースや宿泊場所、または考えられるだけのエスケープルートや代替ルートが
  記載されているか。(捜索救助エリアが絞りやすくなります

 ・自身や同行メンバーの氏名、性別、年齢、携帯、家族や所属山岳会の連絡先、
  山岳保険を記載する。
  (遭難者との連絡手段確保はもちろんですが、遭難者に少しでも命の危険性があると
   判断したとき警察はもしものことを考えて家族を呼びます。
   過去、谷川の遭難時、救助メンバー窓口を担当しましたが、再三県警から至急
   家族の連絡先を調べるよう言われました。
   時間がかかろうものなら、警察自体で携帯電話会社を通してすぐ調べ連絡が行きました。)

 ・衣類、装備の特徴(色など)をできるだけ記載する。
  (雨具やテント、ザックの色などやはり警察から確認を求められます。
   他登山者からの目撃情報を早期に確認できるからです。
   それに加え、顔写真は活用されます。
   下山または入山口にて他登山者からのやはり目撃情報を得るためです。
   そういう訳で、ご家族や所属山岳会は、普段登山している本人判別できる写真を管理
   しているのが理想です。

 ・山岳保険会社の連絡先や内容は、記載されれば救助後の事後処理が比較的楽です。
  家族や所属山岳会には、必ず加入山岳保険の連絡先や補償内容を報告すべきです。
  (捜索救助は必ずしも無償の公的機関のみが動くわけではなく 、有償のヘリや地元の
   遭対協救助隊が出動することも多く、原則的にはその出動に関して家族に同意を求め
   られます。かくいう私も遭難救助要請が入れば有償になると決められております。)
  捜索救助付きの山岳保険加入は、任意ではなく、すべての登山者の義務です。

 ・同行メンバーとの
目的有事の際の行動判断について事前に意思を統一しておく。
  (これが事前にできていなくて、パーティ内で対立し、あわや遭難寸前になった事例も
  聞いています)

   例えば・・・
    ・目的は「槍ヶ岳登頂」なのか、「高山植物を見る」なのか。
     仮に二人パーティで各自の目的が異なるならば、時間が押している際に二人の行動
     意識にずれが生じてパーティとして体をなさなくなり分断するでしょう。
     目的の優先順位をパーティの中で事前に意志統一すればよいのです。
    ・もし12時までに涸沢小屋に着かなかったら、予定していた穂高岳山荘までは登らず
     涸沢ヒユッテに宿泊地を切り替える。
    ・出発前夜20時時点での現地の降水確率が50%以上で終日回復が見込まれない
     予報であれば○月○日に延期する。

 ・役割(リーダー、サブリーダーなど)、装備分担を決めて記載する。
  (特にリーダーの役割は重要で、事前の決め事から解散までは、すべてリーダーのマネジメント
  に関わってきます。
  それゆえリーダー、サブリーダーはメンバー総意による互選が必要です。

  ただし、たとえリーダーが技術経験の高い人だとしても、
   ・
他のメンバーはリーダーにすべて「オンブにだっこ」してはいけません
    どんなに初心者であろうが、天気係をするとか、時刻表を調べるとか、何でもよいから
    自分もその登山に
参画してください
   ・リーダーは自分一人が何もかも決めたり行動するのではなく、メンバーと常にコミュニケー
    ションを図り、メンバー全員をその登山および登山計画に
参画させてください

   また、単独行の場合は、その山におけるリスクをすべて自分ひとりでマネジメントできるだけの
   知識、技術、その山におけるミクロ気象も含めた経験、本来パーティ全員でシェアする物理的、
   精神的要素を一人で背負い込む力が必要となってきます。

 ・計画書の管轄警察署への提出をする。
  メール、FAX、郵送、登山届ポストや直接提出など様々な方法はありますが、捜索時の早期
  発見のためには必ず実行してください。
  山岳会無所属の方は下山予定日に帰宅しない場合は、ご家族の連絡により、管轄警察は
  即刻提出された計画書に基づき初動捜索に入れますし、
  日山協や労山などの山岳連盟に加盟している会に加入していれば、通常、会に入るべき下山
  連絡がない場合、所属会が管轄警察への連絡も含めた捜索初動体制が取れ、一刻を争う
  緊急対応がそれぞれ可能になります。

登山計画書を書くときのポイントとしては「
5W1H」です。(仕事でも基本中の基本ですね)
役割とかはもちろんだけど、例えば中止や延期、代替するときの連絡は
誰が(通常リーダーですね)いつまでに、どんな手段で、どういう判断で(○○市の降水確率が60%
以上だとか)行うとか、計画書提出はAさんが、どういう方法で提出ね、とか。

単独行の場合はこれらを一人でやるけれど、難しいのは山行中の行動判断でしょう
人間1人より2人、3人の方が、当然多くの知恵と視野が増えるので、物理的にも判断的にも
単独行より有利になります。
アクシデントが起きたときは当然生存率も2倍、3倍とアップします。
したがって、1人の場合は、絶対事故らない、万が一事故っても、最小限に被害を軽減できる
能力、知識、セルフマネジメント力、そして最低限の自己責任(計画書提出、捜索救助適用
保険加入、必要緊急時装備と非常食の携行、有事のバックアップ体制の確保など)が必要
でしょう。

ただし、リーダー不在のパーティというか単なる集団や
リーダー一人にすべてお任せパーティ、
独断的、頑固的なタイプで、なおかつ山のベテランである人がリーダーであるパーティ
は逆に間違った危険な行動判断をしてしまうケースもありますので要注意


計画書って単なる予定表ではないと思います。
メンバー(そして所属会員も含んだ)または自身の「行動判断基準書」 「KYチェックシート」、
そして「もし何かあった時の命綱」です。

万が一遭難することも配慮して、警察や消防、地元や所属連盟の救助隊など 、自分を助けて
くれる人たちが、一秒でも早く発見してくれるように計画書の中に臭いを残すことです。
ですから計画書は「救助してくれる人の視点でわかるように、具体的に記載」してください。


僕も単独行が多いものですから 、何かあったら所属している会に対して、「臭いを残しておくから
何かあったらよろしく頼むよ」を前提に計画書は作成しております。
もちろん自分自身の技量を越えるルートへは単独で行きません。
初めて行く場所の判断は、事前情報収集と地形図(山と高原地図ではないですよ)の事前読図
から危険度と難易度を予測して入るようにしております。

偉そうに書きましたが、山は自然相手なので
事前にできる自己責任(必要分の山岳保険に入ることも含め)前提ですね。

是非ヤマレコの計画書機能もそんな心構えから活用してほしいと切に思っています。

また山岳会に加入していない、有事の際のバックボーンを持っていない方は、スマホや携帯、PC
から登山計画の受付、下山連絡を代替して行ってくれる日本勤労者山岳連盟の個人会員制度
ヤマトモ」(rousanパートナーズ)加入をご検討ください。


<追記>

登山計画書の本質的意義=リスクマネジメント(安全管理)

1.基本的な考え方
   1)想定できるだけのリスクを予知し、メンバー内で事前に意識統一し、計画書の中に対策を
     講じておく。
   2)自分の身は自分で守る。

2.考えられる山(自然界)での危険因子とは
   1)自然環境的危険(気象・雪崩・増水・崩落など)
   2)生物的危険(熊・蜂など動物、自分たち→転落・滑落・体調等)
   3)社会的危険(人間関係のこじれ・・・意見の相違、性格の不一致、無理な計画、
     未熟なCL、信頼関係など)

3.計画段階でのリスクチェック
   1)当該登山の最優先テーマは何か(それにより準備や行動も決まる)
   2)活動プログラム=行動計画
      ex) 13時に○○に到着しなかったら○○に泊まる
         雷を考えて14時には行動を終える・・・etc 
   3)組織(それぞれの役割を決めておく)
   4)場所の選定(コース。エスケープルートを作っておく)
   5)装備(必ず使う物、持っていっても使わない物、共同装備、軽量化・・・
        これらの選別をしっかりと話し合う) 
   6)輸送(交通)手段(計画書に反映しておく⇒遭難時捜索に関わる。
        車のナンバー、飛行機の便名等
   7)山岳保険の加入(捜索救助負担を軽減)

4.事故のメカニズム・・・ 不安定状態 × 不安定行動 = 事故発生
              ※あらゆる事故の8割はこれにより発生している
   1)不安定状態=外的要因
      ①自然環境・・・降雨、降雪、吹雪、積雪(雪崩)、雷、凍結、寒暖、ガス(ホワイトアウト)等
      ②活動環境・・・コース、崩壊、急登、岩場、転滑落しやすい場所、道迷いしやすい地形、
               ガレ、ザレ、ヤブ等
      ③物的環境・・・装備の不備、交通機関の乱れ等
   2)不安定行動・・・人的要因
      ①知らない(知識・技術)→要学習
      ②やれない(出来ない) →要トレーニング
      ③やらない →慣れ、危険予知能力の欠如、組織的管理の緩慢等
      ④体調不調、持病、自身の許容範囲を越えた無理無謀

   「ハインリッヒの法則」
      1:29:300 
        300のヒヤリハットから、29の軽微な事故が発生し、1の重大事故(死亡・重傷重体)が
        発生する。

   「バードの法則」(文献引用)
      アメリカのフランクバードは、1969年に297社、約175万3500件の事故を分析しています。
      この分析結果によれば、重傷災害等1件に対し、軽傷災害が10件、物損事故が30件、
      ヒヤリ・ハット事故等が600件発生しています。
      そして、さらに顕在化していない危険有害性は、ヒヤリ・ハットの下に不安全状態、不安全行動
      として常に存在しています。
      労働災害を防止するためには、このような不安全状態、不安全行動を見逃さず、潜在的危険
      性を取り除くための予防活動を実施することが特に重要です。
      災害を予防するためには、労働災害、ヒヤリ・ハット事故、不安全状態、不安全行動が発生した
      原因及びその背景にある要因を可能な限り発見して、これを取り除くことが大切です。
      例えば、安全カバーが取り外されているのを発見した場合、ただ単にカバーを復旧しておくだけで
      はなく、 いつ誰の判断でカバーが取り外されたのか 取り外された理由は何か 復旧されなかった
      理由は何か等についても調査を行い、背景要因を取り除くことが重要です。

   非日常的、非管理的な山岳エリアに入り込ませてもらうためには、上記引用文献に準じて、潜在的
   な不安全状態と不安全行動の芽を事前にメンバー間で摘んでおけば、事故の9割以上は防ぐことが
   可能と言われています。
   それを具現化し、情報共有化し、意識統一したものが計画書なのです。

   「スイスチーズモデル
      スイスチーズの一枚一枚をたくさんの不安全状態と不安定行動と考え、一枚一枚に空く穴を
      いかに小さくするか、穴が重ならないように努めるか、が山岳遭難事故防止に繋がると思います。
      皆さん自身が経験したヒヤリハット、他の方が遭った遭難事故の考えられるだけの要因を重ね
      合わせて是非考えてください。

   有事の際は、計画書が捜索の有力な手がかりとなります。
   だから作成する際の視点としては「救助してくれる人(会だけではなくて、遭対協(地元の人たちで
   組織する遭難対策協議会という組織。大抵の山では警察署から依頼を受けて組織される)など
   第三者を含む)が見て痕跡がわかるように、計画書に自分たちの臭いを残すようにすればよいと
   思います。
   5W1H(Who、When、Where、What、Whom(またはWhich)そしてHow)を
   意識して書き込めば、他人が見てもわかりやすいのではないでしょうか。

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